マップブックとデータブックを知る – その2 –
トレ研では、日本国内のトレイルに対応した「データブック」(DB)と「ハイキングマップブック」(MB)の制作を行っています。
前回の記事では、ハイキングのお供であるMBと、旅の相棒DBについて、概要や記載内容の紹介をしました。
特にDBについては、日本国内ではまだあまり馴染みのないアイテムなので、「存在自体を初めて知った」という人も多いのではないでしょうか。
今回は、そんなDBについて、具体的な使い方を含めてじっくりと掘り下げてみましょう。
1. 掲載データの種類

DBには、トレイル上および沿線に存在する様々な“ポイント”を網羅した「データ」が、東の起点から西の起点の順にリスト化されています。項目ごとに解説していきます。
ランドマーク
歩くうえで文字通り「目印」となる地点が主な記載内容です。ハイカーがハイキング中に目にするものや利用できるもの、トレイルの分岐点や進行ルート、商店や食堂、宿泊施設やキャンプ場等も書かれています。
施設等
ランドマークに含まれる設備がアルファベットや記号等で表されています。水場やトイレ、宿泊施設やランドリーといったポイントは、ロングディスタンスハイキングに出かける際には特に押さえておきたいところです。

区間距離
前のランドマークからの距離を10m単位で確認できます。
トレ研が制作するDB・MBは、歩くハイカーによって個人差のある所要時間ではなく、誰にとっても等しく“絶対的な指標”である距離による表記を採用しています。
WeBo
West Bound=西向きに歩く場合の参考として、東京・高尾からその地点までの距離を示しています。
EaBo
East Bound=東向きに歩く場合の参考として、大阪・箕面からその地点までの距離を示しています。
標高、MB対応ページ
MBと照らし合わせて標高をチェックすることで、トレイルの起伏や環境を視覚的に確認でき、また行程全体の流れを掴みやすくなります。
なお、DBで確認できる区間距離はあくまで水平距離のため、高低差も必ずチェックしておきましょう。
2. 水場と注意事項について

DBには、ハイカーにとって“生命線”ともいえる「水場」、そして歩く際に必ずチェックしてほしい「注意情報」も記載されています。
水場は「施設等」の欄に「W」と書かれていて、文字どおり飲料水等の入手可能な場所を示しています。テント泊で歩く場合や、夏場の高温・多湿な環境下で歩くときは特によく確認したい情報です。
注意情報は、例えばトレイルの道型が崩れて歩行に注意が必要な箇所だったり、渡渉を余儀なくされる地点、また道標が不明瞭だったり、分岐など道迷いのリスクが考えられる場所といった内容で、「ランドマーク」の欄に書かれています。
これらは、ハイカーが自身の体力や歩行能力、そして経験に応じて、そのルートを歩くか否か(回避するか)を決めるための判断材料となります。トレイルによっては通行不可区間(そのDBが制作された時点での情報)が存在する場合があり、ハイキングプラン全体がそもそも成立するのかチェックをするためにも、把握しておくべきポイントです。

※トレイルの最新情報は、各管理団体や自治体に問い合わせて確認することをお勧めします。
特に、長い距離・期間を歩くハイカーは、「その日の行程の終着地点を決め」、「泊地を見つけ」、さらに野外で宿泊する場合は「その場の環境に応じて飲料水を確保」することを日々繰り返します。
これらは日帰りハイキングにはない要素で、都度、その場判断で対応することも可能ではありますが、事前に見通しを立てられれば、不安要素を減らして旅を続けることができるので、水場と注意情報については入念に見ておきましょう。
3. ハイカーが必要とする情報

トレ研制作のDBに掲載されている各ポイントには、トレ研調査員(全員が長距離ハイカー)が実際に自分たちの足で歩き、現地で確認を行った情報が落とし込まれています。いわば「ハイカーの目」を通してそのトレイルを見たものが、DBなのです。
調査員たちは次のような内容を中心に、トレイル上やその周辺に点在するポイントに関する情報を収集していきます。
- 水場とトイレの場所
- 食糧等を補給できる場所(スーパー、コンビニ、売店等)
- 食事をとれる場所(食堂、レストラン等)
- 休憩・宿泊できる場所
- ガス缶等のアウトドア用品を入手できる場所
- エスケープルート(途中下山ルート)や公共交通機関にアクセスできる場所
- 分岐や渡渉箇所、通行不可区間などのトレイル状況
…etc
衣食住のすべてを一つのバックパックに詰め込み、歩くことが日常となる長距離ハイカーにとって、“生活”に直結するこれらポイントの情報は非常に大切です。市井の人々がいつも目にしている、なんてことのないそこらへんの自動販売機でさえ、彼らからすれば偉大なオアシスなのです。
なお、データ取りに使うのは、GPSデバイス(主にスマホと位置情報を記録できるアプリ)、カメラ、そして紙とペンです。
ポイントとなる場所ごとに写真を撮り、現地の状況を書き記していきます。緯度経度と標高はGPSログに記録されます。

4. データブックの生まれ故郷
DBの生みの親は、米アパラチアン・トレイルを1970年に全線踏破(スルーハイキング)し、翌年にその経験を綴った「Appalachian Hiker: Adventure of a Lifetime」を出版したEd Garvey(エド・ガーベイ)です。
それ以前、ハイカーたちは包括的なガイドブックや他のハイカーが書いた日記などを頼りに、各地のロングディスタンストレイルを歩いていましたが、エドはAT全線踏破中、正確な歩行距離やランドマーク、水源、シェルター、道路横断地点などのデータを綿密に収集しメモしていきました。のちに彼はその記録を元に、ルーズリーフ形式の「Mileage Fact Sheet」を発表しました。
このデータ集は、ATC(アパラチアン・トレイル・カンファレンス、のちのコンサーバンシー)が1977年に『アパラチアン・トレイル・データブック』として正式に出版したものの基礎となりました。以降、パシフィック・クレスト・トレイルやコンチネンタル・ディバイド・トレイルを含む、全米の主要な長距離トレイルでもこの形式が採用され、現在では標準として定着しています。
インターネットやスマホが普及・発展し、GPSの位置情報と連動した便利な地図アプリが乱立する現代においてもなお、DBはハイカーたちの効率的なプランニングを助け、彼らの旅の相棒として活躍しています。

5. DBでハイキング行程を組み立ててみる
それでは、実際にDBを使って、ハイキングのプランニングをやってみましょう。
あなたは、ある程度経験を積んだハイカーという想定です。テント泊装備を背負って、3kmを平均で1時間ぐらい、1日20km程度ならば余裕をもって歩ける歩行能力と体力を有することとします。
歩くトレイルは日本の長距離自然歩道の第1号、東海自然歩道です。東の起点・高尾からWeBo(西向き:West Bound)で山中湖エリアまで、キャンプ場に泊まりながら2泊3日、プラス1日を移動日&予備日として、全4日間で行くことにしましょう。
① 行程の全体像を捉える

まずはゴール地点を決めます。帰りのこと、そして次にまた歩きに行くときのことを考えると、できるだけ公共交通機関でアクセスしやすい場所が良いですね。
DBを上から目で追い、山中湖あたりの情報が記載されているページを見つけます。「山中湖平野」というバス停で路線バスに乗れそうなので、ここをゴールとしましょう。
WeBo欄に「67.86」とあるので、スタートからゴールまで、全行程の歩く総距離は約68kmであることがわかります。歩行能力を鑑みて、3日間まるまる歩けば行けそうです。
しかし3日目を終えそのまま帰路に就くのは厳しそうなので、その日の夜は宿に泊まり、翌日はせっかくなので山中湖観光を楽しんでから家へ帰ることにします。
② 道中の宿泊地を決める

行程の途中にある適当なテン場を見つけます。設備欄に「C」と書いてあれば、テント泊可能と判断して目星をつけましょう。
1日目はスタートから23.5kmほど、相模原市の「バカンス村」というところがあるので、ここを宿泊地にしたいと思います。
バカンス村のランドマーク欄には「+0.30km N」とあります。これは、「トレイル本線上から離れて、北へ0.3km進んだところにあるよ」ということを示しています。300mならば10分もかからないですね。
目安は石砂山を越えて2kmちょっと、300mほど下った地点。下り坂の2kmであれば、30分程度でしょうか。そこにきっと何らかのアクセス路が現れるはずなので、現地に近づいたら周囲を注意深く観察することにしましょう。
2日目の宿泊地は、20kmほど進んだ山北町・西丹沢が良さそうです。
このエリアにはキャンプ場が複数あるのでどこにしようか迷いますが、「ウェルキャンプ西丹沢」というところは、ランドマーク欄に「+●●km」と書いていないので、トレイル上にあるようです。目安としては「桝小屋橋」を過ぎて600mほどの場所、「西丹沢ビジターセンター」まで行ってしまったら行き過ぎですね。
設備欄には「S」、そして「C」とあるので、売店での買い物も期待できます。取り扱い品について念のため現地に問い合わせてもよいかもしれません。
これで、3日間の行程を1日ずつに分割することができました。
③ 大事な食糧計画を立てる

次は食糧計画です。今回の脳内ハイキング(頭の中で想像して歩いてみる)は2泊3日なので、途中で食糧補給はしないことにします。
高尾山エリアは茶屋や売店がたくさんあるので、1日目はあまりシビアに考えなくてもよいのでは、と思いがちですが、この日は23km歩かなくてはなりません。行動時間に8時間は欲しいので、朝イチで出発しないとキャンプ場への到着が遅くなってしまいます。そうすると、時間的にエリア内にある茶屋の利用は難しいかもしれません。
とはいえ、なるべく荷物は軽くしたいですし、できれば美味しいごはんも食べたいので、ランチどきのちょうど良いタイミングでどこか寄れる場所がないか見てみましょう。
スタートから8.52kmの地点、八王子市-相模原市の境界から2kmほど進んだところに「そばき里 休屋」というところが、トレイル上にあります。設備欄に「R」とあるので、温かい食事をいただけそうです。検索すると、蕎麦や天ぷら、親子丼などもありとても魅力的です。営業時間は11:00~、平日は11:30~のようです。
キャンプ場への到着目標時間を16時に設定した場合、朝8時にはスタートしたいところ。この場所までは3時間弱ぐらいと見込むと、だいたい良さそうなので、1日目のお昼はここで済ませることにしましょう。

2日目以降は、ザッと見る限りちょうど良い感じで食堂が現れなさそうです。途中1か所、トレイルから少し離れた場所にコンビニがありますが、往復の時間をロスするのは惜しい気がします。また、DBには記載されていない近隣の売店や自動販売機などもあるかもしれませんが、不確定要素なので期待しないでおきます(キャンプ場の売店の品ぞろえは事前に問い合わせてみてもよいかもしれません。)
ということで、食糧計画は以下のようにしたいと思います。
- 【1日目】 朝: 食べてから出発 / 昼: 食堂利用 / 夕: 自炊
- 【2日目】 朝: 自炊 / 昼: 行動食 / 夕: 自炊
- 【3日目】 朝: 自炊 / 昼: 行動食 / 夕: 宿提供の食事
このように具体的に落とし込んでみて、1食あたり自分がどのくらいの量/カロリーを必要とするか(そして何を食べたいか)、を考えていくと、担ぐ食糧の量や種類も見えてきます。ザックの重さについても少し意識を向けられるかもしれません。
④ がんばりどころと休憩ポイントを見定める

高尾山周辺は、登山道がしっかりと整備されていて歩きやすく、道標もいたるところに設置されているので、道迷いの心配も少ないでしょう。とはいえ、高尾山頂の標高は599m、スタート地点から約400mの標高差があり、その後もアップダウンを繰り返し進みます。
1日目はだいたい100~800mあたりの標高を行ったり来たり。季節によっては気温が上がってかなり暑くなりそうなので、飲料水は十分に携行したほうが良さそうです。
2日目になると、「東海自然歩道 最高標高地点」が出てきました。標高1427mです。少し前を見ると、低いところから1000m以上も標高差がありますね。焼山へのアプローチあたりから、ここは覚悟を決めて登りきる必要がありそうです。
また、袖平山の後には鎖場が出てきます。神ノ川橋公園への吊り橋まではわずか2kmの距離ですが、標高差が500m以上あるようです。頑張って足を使って登った後の急な下りは、踏ん張りがきかないこともあるかもしれないので、慎重に降りていきましょう。途中に東屋があるのでそこで一休み、身体に疲労をためないようストレッチもしておきたいものです。
最終日の3日目も、畦ヶ丸や菰釣山あたりのエリアは標高1000mオーバーになりますが、ゴールの山中湖まであと一息。歩き終わったら宿でゆっくり休めるので、楽しんで歩き切りましょう。
6. DBを実際のプランニングで使用するときは
いかがでしたか。DBは、トレイル上や沿線に点在する“ポイント”を連続で追えるように作られています。このようにテーマごとに切り分けて読み解いていくと、効率的なプランニングに役立ちます。
しかしながら、DBはあくまでも「リスト」であるため、トレイルの環境や周囲の地形がどのようなのかを判断したり、土地勘を持ちながらトレイルを捉える、ということには不向きです。
そのため、実際にプランニングする場合は、DBと共に、MBも併用することをお勧めします。MBは国土地理院の1/25000地形図がベースになっているので、読図ができればトレイル上や沿線の環境をより具体的にイメージすることができます。またDBはMBに紐づいていて、各ポイントに対応するMBページが分かるようになっています。
DBを読み解きながらMBのルート線を追っていくと、脳内ハイキングも楽しめてしまいます。忙しくてなかなかハイキングに出かけられないという人こそ、ぜひ騙されたと思ってDBとMBをセットで手にしてみてください。そして軽い気持ちでプランニングを試してみましょう。もしかしたら、忙しい間を縫って、セクションハイキング(区間ごとに分けて歩く)ができそうな行程が見えてくるかもしれません。

トレ研制作のMB・DBのご購入はこちらから → https://torekenbooks.jp/
【関連コンテンツ】
トレ研の関連Podcastでは、東海自然歩道のHIKING MAP BOOK/DATA BOOKの制作背景について話しています。
PCTで見たロングトレイルの地図文化、みちのく潮風トレイルでの試行錯誤、東海自然歩道の実地踏査を経て、マップブックとデータブックはどのように生まれたのか。そして、地図の話から、調査の苦労、東海自然歩道そのものの魅力まで。
当コラムとあわせて、ぜひお聴きください。
「#030 マップブック・データブックを語ろう。地図より先に、データブックがある」
「#031 東海自然歩道マップブックを語ろう② 地図の話のはずが、道の話になりました。」
この記事へのコメントはありません。